フランス留学:トゥールでのホームステイ。ある休日のサラダ

フランス・トゥールでのホームステイがはじまり最初の朝。マルシェで食材を買ってきた私達。

フランス留学:マルシェではじめての買い物

2018-12-11

玄関のドアを開けたブリジットは、入り口に敷いてあるマットの上で立ち止まり

足で犬かきをするような動作をした。

ブーツの底をマットにこすりつけている。

その様子を見た私はさもそうするのが当然という顔で同じようにする。

雨のせいもあって靴が汚れていたし、玄関にシューズボックスはなかった。

自分の部屋に上がり、スリッパに履き替えてリビングに降りる。

家の中では極力靴を履いていたくない。

わたしはソファに腰掛け、隣に座っていたピルーに挨拶した。

「はじめまして、こんにちは」

「ボンジュー、わしは18歳なんじゃよ」

「わあ、長生きされてるんですね」

ピルーはこの家の飼い猫。堂々とした風格がある。

老猫なのでよく見ると耳がところどころ少し欠けていたり、動作がゆったりとしている。

ピルーの背中を撫でているとブリジットに呼ばれた。

ランチを作ってくれるらしい。

ブリジットはブーツを履いたままショッピングカートから買ってきた食材を取り出し冷蔵庫に詰めていた。

いちばん最後にカートの奥底からビーツを取り出すと皮を剥き始めた。

ビーツは根菜だけど、茹でたものが売られているのであとは切るだけだった。

シンクに水を張り、適当にちぎったサラダ菜をしばらく浸す。

しばらくしたら葉がパリッとしてくるので、よく水を切ってビーツと一緒に皿に盛る。薄切りにしたマッシュルームも添える。

冷蔵庫を見る限り市販のドレッシングはないようだった。

ブリジットはビネガーとマスタード、こしょう、塩を混ぜて手早く自家製ドリンクを作り、ピッチャーに移した。

あとは各自ピッチャーから好きなだけドレッシングをかけてサラダの完成。

それと、バゲットをちぎって食べる。

昨夜の料理が重かったのでちょうどよい量だった。

昼食を食べているとピルーがキッチンへやってきた。

新入りの私がいることなんか気にもとめていない様子。

これまでも沢山の留学生がきていたらしいし、きっと人に慣れているのだろう。

ピルーはバルコニーのある窓の前に移動してニャーニャー鳴きだした。

いつの間にか雨はあがっていて、外は晴れていた。

外にある10平米くらいの庭を見つめながらピルーは鳴くのをやめない。

ピルーに誘導されたブリジットは仕方がないというような顔でバルコニーの窓を開けた。

するとピルーは、庭のほうに勢いよく走っていった。

ピルーが外へ飛び出したあとブリジットは窓を元のようにきっちりと閉めた。

私がそのことに驚いていると、「いつもこうなの、しばらくしたら戻ってくるから」と言った。

簡単な食事を終えた私達はソファーに移動して少し話をした。

昔わたしがどんな仕事をしていたのか なぜフランスにホームステイしにきたのか

などいくつかのことを聞かれた。

仕事はWebディレクターをしていたと説明すると、

ブリジットは「パソコンには疎いのよね」と言って

そんなに興味をもっていないようだった。

でも話しぶりや視線からはブリジットの優しさが伝わってきた。

見え透いたお世辞がないのが心地よい。

まあ私がフランス語がわからないっていうのもあるのかもしれないけれど。

とにかく変に気を使われることがなく、リラックスできた。

しばらくブリジットと話をしていると外からピルーの鳴き声がした。

声のするほうを見ると、キッチンの窓の向こう側にピルーがいた。

名残惜しそうに少し庭を振り返ったあと、窓を爪で掻きニャーニャー鳴きだした。

ブリジットがソファから立ち上がり、キッチンの窓を開けると

ピルーがひょいと中へ入ってきた。

そしてピルーはわたしの方を見つめながら言った。

「気持ちの良い散歩じゃったよ。お前さんも外へでたらどうだね?」

「いいね、そうしようかな」

わたしも庭を見てみたいな、というようなことをブリジットに言うと嬉しそうに笑って外を案内してくれた。

「いちごやトマトなんかも植えているのよ」

いろんなお花の間を通りながら説明してくれた。

庭を挟んで向かい側にはもう一つ建物があり、中は卓球でもできそうなワンルームのスペースになっていた。

浜辺にあるようなビーチチェアがいくつか置いてあって寝そべって本でも読めそうな感じだ。

ゆっくり一周すると最後に地下室も見せてくれた。

地下室は家の真下にあって、庭から入れるようになっている。

中はひんやりしていて少し湿気を感じた。

奥の方に洗濯機が見え、手前には砂利が敷いてある木組みのセラーがあった。

ズラッとならぶワインの手前にはチョークで産地が書かれている。

「ついでに夕食のワインを選びましょう。私はシノンのワインが好きなのよ」

シノンはトゥールから50km近く離れたところにある産地だ。

どのワインがいいか聞いてくれたけど、ブリジットが普段飲んでいるものをわたしも飲んでみたかった。

「じゃあそれで」と言うと、ブリジットはニヤリとしてワインを引っ張り出してくれた。

楽しいホームステイになりそうだ。

つづく